文鮮明先生が黒石洞に住んでいた時期の地図から黒石洞と西氷庫、漢江の広い河原を眺める


調布教会ホームページが連載を続けている「Google Mapで訪ねる主の路程」では、「平和を愛する世界人として」(文鮮明自叙伝)に登場してくる文先生の歩まれたゆかりの場所を紹介しています。

これまで掲載されていた第4回-黒石洞(フクソクトン)と京城商工実務学校記事が更新・追加されました。大きな追加点は、文先生が黒石洞に住んでいた時期の「京城府」地図が加わったことです。

以下、同記事から引用して紹介します。


Google Mapで訪ねる主の路程(4)-黒石洞(フクソクトン)と京城商工実務学校

第4回-黒石洞(フクソクトン)と京城商工実務学校

「Google Mapで訪ねる主の路程」は、文鮮明先生がお生まれになり歩まれた場所や、死の道を何度も越えていかれた文先生の苦難の歩みとそのゆかりの地をGoogle Mapで訪ねるコーナーです。第4回は、文先生が京城商工実務学校に通われていた時代、学校のすぐ近くにある黒石洞(フクソクトン)の下宿先です。
同学校時代に通われていたという明水台(ミョンスデ)イエス教会の「明水台」の地名は、黒石洞の別称です。戦前、日本人・木下榮がこの地に郊外住宅街を開発し京城商工実務学校をはじめとする学校誘致を行いました。郊外住宅街は「明水台住宅地」と呼ばれ、それが地名の由来になったようです。
記事更新にあたって、文先生が住んでいた時期である1941年発行の「京城府」地図が追加されました。地図を見ると、黒石洞のようすや、漢江の広い河原、対岸にある西氷庫の町のようすがかいま見られます。

〈お断り〉ここで紹介する内容は、Web担当者が独自に研究・推論したものであり、すべて確証が得られているとは限りません。また統一教会本部の公式見解でもありません。あくまで参考情報としてご覧になってください。より正確な情報や確実な情報をご存じの方はご一報ください。

黒石洞(フクソクトン)下宿先の家の跡地 [A] と京城商工実務学校跡地 [B](現・中央大学校付属小学校)(ソウル特別市銅雀区黒石洞)

黒石洞下宿先の家の跡地と京城商工実務学校跡地
▲Google Mapを見ると、黒石洞の文鮮明先生が下宿されていた家のあった一帯は、残念
ながら再開発が進み、高層マンションが建ち並ぶニュータウン地区に変わってしまった。
1941年発行の京城府地図から判断した限りでは、当時あった京城商工実務学校の跡地
は現在、中央大学校付属小学校になっている。右下に見える小高い丘陵がソダル山。
※ここではリンクされた Google Map の情報ではなくキャプチャ画像を貼り付けてあります。

文先生が黒石洞に住んでいた時期の「京城府」地図

1941年「京城府」地図より黒石洞付近
▲1941年 陸軍参謀本部陸地測量部発行「京城 京畿道京城府」地図。
現在の黒石洞付近をトリミングしたところ。

黒石洞の戦前の町名は黒石町。低地は田んぼばかりで、山あいに沿って建っている家もまばらです。京城商工実務学校までは徒歩で7分程度の距離にあります。
地図を見るとよくわかりますが、漢江大橋のたもとまで、路面電車が走っていたのがわかります。自叙伝の中にも、文先生は電車に乗らないで都心まで歩いたという話しが登場しますが、たしかに黒石洞に住む人たちは路面電車に乗って、都心にでかけていたであろうことが想像できます。
当時の黒石洞には、今のソウルとは違い、幹線道路も、高速道路もありませんから、漢江べりに出るのも容易な感じです。

漢江の広い河原と黒石洞の対岸にある西氷庫(ソビンゴ)の町

1941年「京城府」地図より漢江の広い河原と対岸にある西氷庫
▲同地図より、漢江をはさんで黒石洞の対岸にある龍山(ヨンサン)
の町や西氷庫(ソビンゴ)の町を見たところ

当時の漢江は大きく蛇行しており、ものすごく広い河原が広がっていることが最初に目を引きます。西氷庫(ソビンゴ)から河原の中まで砂利を運搬する鉄道線路が引かれているほどです。「生涯路程」では、明水台(ミョンスデ)教会と西氷庫教会が合同で礼拝をおこなった場所は、広い漢江の河原(砂浜)であったことを文先生ご自身が語っています。
なお、当時、人も車も通ることのできる橋は、漢江大橋だけでした。路面電車はその漢江大橋の上を走っていました。地図上には漢江の広い河川敷のまん中に電停が描かれています。

京城商工実務学校卒業写真 京城商工実務学校校舎
▲京城商工実務学校の卒業写真/京城商工実務学校の校舎

黒石洞の下宿にて学校の友人と  近年まで残っていた黒石洞の家
▲友人とともに黒石洞の下宿にて自炊しているようす/近年まで残っていた黒石洞の家

漢江大橋 在学中に通っていた明水台教会
▲漢江大橋を南岸から北の龍山方向に臨む/文先生が通われていた明水台教会

『朝鮮諸学校一覧』での京城商工実務学校の概要

『朝鮮諸学校一覧』での京城商工実務学校
▲1939年(昭和14年)発行『朝鮮諸学校一覧』の統計。京城商工実務学
校の概要がわかる。 31人の教員全員が日本人教師。学生数の内訳は「鮮(韓国
人)」770人、「内(日本人)」47人となっている。この統計では、学校創
立年が1939年2月となっているが、前年発行の『実務学校職員録』では、京
城商工実務学校の前身である「京城商工学院」の学校名が記載されている。

Bing地図で見た黒石洞の街並み
▲Bing地図では数年前の航空写真が使われているため、再開発前の黒石洞の
街並みを見ることができる(※この写真はキャプチャ画像です)

今のソダル山から見たソウルの風景 ソダル山一帯は自然公園になっている
▲今のソダル山から見たソウルの風景/ソダル山一帯は自然公園になっている

GoogleEarthで黒石洞から見たソダル山
▲GoogleEarthで黒石洞から見たソダル山。ソダル山は別名を
ダルマ山とも呼ばれる。名前の由来の通り、山の上には達磨寺がある

地形図で見た黒石洞/明水台の街
▲地形図で見ると、ソダル山の山容や、黒石洞/明水台の街が谷あいにあることがよくわかる


ここでは記事の一部を割愛し、地図画像の拡大表示や、リンクされた Google Map の情報も省略しました。実際にリンクされた Google Map の情報を見たり、ここで引用した地図や画像の拡大表示をさせたり、あるいは引用した自叙伝や「生涯路程」の記述など、さらにくわしくご覧になりたい方は、次をアクセスしてください。

第4回-黒石洞(フクソクトン)と京城商工実務学校 2013.6.1更新




coded by nessus
Posted by on 2013年6月6日. Filed under トピックス. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

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