[PeaceTV] 天一国経典天聖経訓読映像(第二篇四章一節17〜19)


17 私たちは、大きな十字架を背負っていかなければなりません。個人的な試練と、家庭的な試練は、氏族的な基盤を築くための準備期間にありました。今、私 たちの前に現れる迫害と試練がないからといって、行く道が平坦だろうと思ってはいけません。範囲がさらに広くなりました。過去には、座して十字架を背負い ましたが、今は、十字架を背負って歩いていかなければなりません。過去には、十字架を背負って一カ所だけを見つめてきましたが、今は、一カ所だけを見ては いけないのです。東西南北をよく見ていかなければなりません。先生は、神様が行かれる道に従わなければならず、皆さんは、先生の行く道に従わなければなり ません。先生は、皆さんより加重された道を歩んでいます。また、先生を指導する神様は、一つ上の道を歩んでいらっしゃいます。

18 神様が、良いものをすべて息子、娘に与えたかったのと同じように、また、息子、娘は、神様のすべての貴いものを欲しかったのと同じように、先生も、皆 さんの前にすべてのものを与えたいと思い、皆さんも、先生のすべての良いものが欲しいと思うのです。それが、真の父母を中心とする家庭です。私たちも、そ のように望むのです。先生は、神様を身代わりする立場で、皆さんの前にすべての良いものを与えようと思い、皆さんも、最も良いものを受けようとすることを 原則として知っているので、このような道を指導するのです。

真の父母を求めていく路程

19 どのようにして自分を取り戻すのでしょうか。その中心が、神様、真の父母、真の愛、真の生命、真の血統につながらなければなりません。神様は縦的な父 母であり、真の父母は横的な父母です。その二つが一つになる位置で、完成された愛が定着します。縦的な神様の愛と、横的な真の父母の愛が定着することに よって、私の価値が設定されます。そこで、私たちが存在できるのです。そして、家庭、氏族、民族、国家、世界に拡張されるのです。




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Posted by on 2018年10月27日. Filed under FFWPU, スポーツ・文化, トピックス, 動画. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

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