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[PeaceTV] [今日のみ言] 「真の神の日」制定、宣布 他 天暦 12月27日~1月3日(陽2月15日~2月21日)

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「真の神の日」制定、宣布

 

今までサタン世界によって侵犯を受けていない高次元的な基準で、神様の心情を中心とした一つの回路を造成しなければなりません。このような伝統の最初の基礎の足場が、統一教会で守っている名節です。この日を迎えて記念するためには、自分の生活全体を、この日を中心として結びつけることができなければなりません。また忠誠と精誠をすべて集め、この日と連結させなければなりません。このようにしてこの日を祝うことができてこそ、天が立てた名分と礼法を守る子女になるのです。6千年目に初めて探し出された日が、正に「神の日」です。この日は神様が喜ぶことができ、天地の運勢が総集結する日です。歴史上、前にもあとにもない日です。そのため、精誠を尽くしてこの日を迎え、記念しなければなりません。

「神の日」が現れるまで、どれほど大変だったか分かりません。「神の日」を策定した時が最も大変でした。いくら「父母の日」が立てられたとしても、その「父母の日」を支えられる「子女の日」がなければ、「父母の日」は「父母の日」としての役割を果たせないのです。また「子女の日」を立てたとしても、「万物の日」を立てなければ、「子女の日」が「子女の日」としての責任を果たせません。そのため、「神の日」、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」が完全に一つになって、神様の主管を受けなければなりません。そのようにできなかったのが嘆息の要因です。これを連結させるために立てたのが、1968年の1月1日に世界的に宣布した「神の日」です。(『天聖経』11篇5章2項、8項)

 

「愛勝日」宣布

 

興進君が地上から霊界に入っていく間、先生は、霊界と肉界を中心として特別な式をしました。それが「愛勝日」ですが、蕩減条件を越えて「愛勝日」を宣布するためには、息子が死んだと考えてはいけないのです。遺体を横に置いて、神様の愛のために闘ったというのです。母親や父親が、死んだ息子を思うよりも、神様の愛を思わなければならないのです。死亡圏に勝つ愛を思わなければならないというのです。それでお母様に、「あなたと私はこの時間、天が見るときに誇れる父母にならなければならず、霊界にいるすべての先祖と天使世界と千々万の聖徒、聖人、賢人たちが誇れる父母にならなければならない。世界人類が、『やはり死亡圏を支配できる愛の権限をもっている方に間違いない』と言って頭を下げられる雰囲気をつくらなければならない」と言ったのです。そうして、全人類が先生に、「あなたはやはり、神様の愛の中心者です」と証できるようにしなければなりません。息子を送り出しながらも、死と取り替えて、前進しながら愛の旗を掲げ、新しい世界のために出動するという起源の日が「愛勝日」です。そのようにすることによって、民族的で世界的な新しい愛の方向を立てていける基準になったので、「愛勝日」という言葉を使用することになったのです。それで、1984年1月3日午前4時を中心として、「愛勝日」を宣布したのです。(『天聖経』第11篇5章2節53項)

 

 

真の父母様米国32都市巡回公開講演会

今日のキリスト教は行くべき目的が何かを知らずにいます。「私一人が救われて天国に行こう」というのは、本当の救いではありません。人類を救済することが神様のみ旨であり、人類を滅ぼし蹂躙する悪魔サタンを、この地球星から永遠に追放することが、神様のみ旨だということを今まで知りませんでした。

そのような世界を復帰するためのメシヤを、そのまま個人の次元でサタンのもとに送れば、サタンがつかまえてその命を奪います。ですから、個人から家庭と氏族を経て、民族を経て、一つの国家形態を用意しておき、その国家と国民が一つになったところに、世界を料理するために送られたお方がメシヤです。それを準備すべきユダヤ教であり、選民だったということを、ユダヤ教の信者は知らなかったのです。その延長として世界的な主が再び来るときにも、そのみ旨は同じなので、世界的な終わりの日が来るとき、そのみ旨を拡大して、世界的な足場をつくるのがキリスト教の使命であることを知らなければなりません。(『平和経3篇-2 p.369』)

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