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【週刊朝鮮】 [現地取材] 文鮮明は米国で何をしたか 〈その1〉

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 logo      [2314号]2014.07.07

 

[現地取材] 文鮮明は米国で何をしたか

 

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▲アメリカ、ニューヨーク、マンハッタンのエンパイアステートビルから眺めたマンハッタン南側風景. 矢印の建物がフリーダムタワーだ。 2001年9・11テロで破壊されたワールドトレードセンター跡地に建設された建物だ。 統一教の故文鮮明総裁は9・11テロ発生後アメリカ内での反イスラムの雰囲気を見て、‘これは違う’と発信するためインドネシア、ジャカルタで超宗教会議を開催した。 photoチェ・ジュンソク

アメリカ首都ワシントンDCの議事堂内レイバーン ビルディング1階2185号を去る6月24日午後1時に訪ねた。
米下院のエドワード・ロイス外交委員長のオフィスだ。 アメリカ下院外交委員長は議会の権力者だ。 会うのは難しい。
アメリカ議会訪問は初めてである。

ロイス委員長のオフィスのドアを開けて入ると真っ先に応接室があった。 扉の両側にデスクが置かれていて、訪問客を迎える仕組みだ。 応接室を中心に三つの部屋に囲まれている。 両側の大きい部屋のうち片方は議員個人のオフィスであり、他の部屋は補佐官の部屋である。 真ん中の部屋は入ってみなかったが、什器など置かれた生活空間ではないかと思った。 韓国ではもう見ないアナログTVが片側に置かれている。 全体的に素朴だ。

ロイス外交委員長の秘書官は今日の面会は報道しないことを前提とするといった。 報道できないとは、と気が抜けた。 彼がどんな話をするのかそのまま聞いてみることにした。
ロイス委員長は私を含む韓国記者数人に会った後ソウルからきたチョ・テヨン外交次官との面会が予定されていると言った。 ロイス委員長の部屋片側の壁には写真が12枚かかっている。 パク・クネ大統領、イ・ミョンバク前大統領とそれぞれ取った写真があった。
米国連邦議会下院の実力者の一人にソウルの週刊誌編集長が会えたのはワシントンタイムズのおかげだった。

この日の会談はワシントンタイムズが斡旋したものだ。 ワシントンタイムズ財団のトーマス・マックデビッド理事長と統一教のアメリカ内事業責任者マイケル・ジェンキンス氏が同行した。
私はロイス委員長との会談の後やはり下院外交委員会のマット・ サーモン議員(アリゾナ州)に会った。
このほか前議員二人に会った。結局 この日会った人は前・現職議員4名だった。
ワシントンタイムズ側は他の議員とのインタビューを追加で押えたから、と会ってみることを薦めたが、私を含む同行の記者たちはすでに十分に話を聞いたからと遠慮するほどであった。

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▲ 1974年ホワイトハウスの大統領執務室でニクソン大統領に会った文鮮明統一教総裁(右側). photo統一教会 

国家権力の中の一つ立法権を担う議会の議員はワシントンタイムズを無視できなかった。 特に保守を指向する共和党議員に対するワシントンタイムズの影響力は相当なものだった。 ワシントンタイムズは統一教の文鮮明氏が1982年創刊した。 彼が新聞を創刊して以降、長年にわたる経営がなかったとするならば、韓国記者がアメリカ下院議員達と会うというのは容易ではなかっただろう。

6選を果たしているマット・ サーモン議員は「ワシントンタイムズがアメリカの保守の声としてとても必要であり、その役割を果たしてくれていることを有難く思う。 私のスケジュールは詰っているが、ワシントンタイムズから来た方々には時間をあけざるをえない」と話した。 彼はワシントンタイムズを創刊した故文鮮明総裁について「何度も会った。 すごい人だ。」と話した。
サーモン議員は中国語が堪能だ。
彼は「中国が南シナ海で無謀な行動をしている」として中国のフィリピン、ベトナムに対する領有権紛争を非難した。 彼は「アメリカが経済的には中国に依存している。
だが、中国の軍事力拡張に対しては憂慮している。 中国は大きい心配事」と話した。

サーモン議員は民主党のバラク・オバマ アメリカ大統領に対して非常に批判的だった。 彼はウクライナ、シリア、イラク事態に言及して「アメリカが介入せずに空白ができれば中国とロシアが隙間を狙って押してくる」としてオバマ政権の無能のせいだと話した。 彼はまた「この前ジョン・ケリー国務長官が下院関連小委員会で米外交の最優先問題は気候変動だと発言した」としながら「アメリカの外交が崩れている時、外交の責任を負った政策責任者がそんな呑気な話ができるか」と興奮して話をした。

私がアメリカ、ワシントンとニューヨークを訪れたのは統一財団の招請である。
統一教会側と文鮮明総裁の主な活動舞台であった米国での行跡を取材したいと考えた。
私の記憶によれば統一教会は、1970年代、1980年代にアメリカで旋風を巻き起こした。麻薬と酒につかって生きるアメリカ のヒッピーの変身が米国社会で話題になった。きちんと服を着て髪をきちんとして街頭に出て宣教活動することに驚いたのだ。

文鮮明氏はアメリカ、ワシントンの国会議事堂の前の広い芝生の広場で数十万人を集める大規模集会を開くこともした。(1976年9月18日)
ニューヨークとワシントン訪問は個人的には非常に久しぶりだ。 15年以上になる。 統一教側から招請を受けたのだが、この際、とにかく行ってみようと思った。 私は統一教に対してはよく理解していなかった。 しかし今回の出張を通じて文鮮明氏が米国で、そして米国を舞台にして南米と中東で何をしようとしたのか知るようになった。

去る6月17日ニューヨークに到着した日の夜12時過ぎに宿舎のニューヨーカーホテル623号で会った梁昌植天宙平和連合(UPF)世界議長は「1971年12月17日、文総裁の御家族はワシントンに到着した。以来、米国を拠点に活動している。最初は歓迎されなかった。米国の支援を受けた国から来たからだった。しかし、ヒッピーたちが頭を刈って人生観を新たに確立した。このような人が数千、数万人と現われたことで文総裁が関心を集めた」と話した。文鮮明氏がアメリカに来た理由は「アメリカは病んでいる患者だ。私は医師として来た。米国は火が出た家である。私は消防士として来た」ということだったという。
次の日に会った金起勲世界平和統一家庭連合(FFWPU•以下、家庭連合)大陸会長は「8月には文鮮明総裁没後2年を迎える。文総裁は50年前の1965年に初めてアメリカに来た。 1965年2月、サンフランシスコに入国し、フォルクスワーゲンのワゴンに乗って43日の間、米国全域を回った。 50年前、文総裁が米国に来たときどんな気持ち、どんな覚悟だったかを体感するイベントを今週末にサンフランシスコですることになっている」と述べた。文総裁死後統一教会は夫人の韓鶴子総裁が率いている。

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▲エドワード・ロイス米下院外交委員長のオフィスの壁面に掛っていた写真. 真ん中の大きい写真が真っ二つになった天安(チョナン)艦の写真. photoチェ・ジュンソク

先に述べたが、特に米議員達複数の人に会ってワシントン•タイムズの相当な影響力を確認した。ワシントンのワシントン•タイムズ社屋は、米議事堂から西に約20分ほど車に乗って行った距離にあった。倉庫を買って社屋にした。トーマス•マックデビット、ワシントン•タイムズ財団理事長は「会社が利益と影響力の面で、最近大きく良くなった。今年は黒字に転じるだろう」と述べた。マックデビット理事長は「ワシントン•タイムズは、米国の保守勢力の代表的な声(Flagship Voice)だ。未来は明るい」と述べた。彼は 「妻の名はイ•スンジャで、全羅南道出身」と韓国との縁を語った。

ワシントン•タイムズの全盛期は、冷戦の崩壊を前後したロナルド•レーガン大統領の時(1981〜1989年在任)である。ジョン・ソロモン、ワシントン•タイムズ編集長は、「レーガン大統領がソ連崩壊にワシントン•タイムズが寄与したと言った」としながら「ホワイトハウスから毎日早朝、会社に直接訪ねてきてワシントン•タイムズを運んで行き、レーガン大統領の机の上に置いた。当時、ワシントン•タイムズは大統領が見る新聞と評判となり名を上げた」と話した。
マックデビット財団理事長は「レーガン以来、冷戦構図が崩れ、約10年間ワシントンタイムズの声が弱くなったのは事実」とし「しかし、クリントン大統領のモニカ・ルインスキーのスキャンダル以来、米国の道徳的危機が浮上した。その後9•11日のテロが起きた。こうしことがワシントンタイムズが文化面に目を向けるようにして、超宗教運動をする良い転機になった」と話した。 彼は「ワシントンタイムズはアメリカで数多くの言論によって引用、報道されている。 ホワイトハウスと議会、行政府が購読する部数が1万部である。 アメリカのオピニオンリーダーに及ぼす影響が大きい。 ニューヨークタイムズ、ワシントンポストに続きアメリカ議会に影響を与えるメディア順位で3位に上がった」と自慢した。

フォックスTVが保守論調を展開しているが、政治分野を除いたそれ以外の文化部門ではフォックスもリベラルだ、というのがワシントンタイムズの人々の認識だった。 例えば同性結婚に対してはワシントンタイムズだけが反対の声を上げるだけで他の新聞、放送では一切そうしたことを見ることができない。 ワシントンタイムズは進歩的なオバマ政権の多くの失敗を掘り下げているようだ。 ラリー・ビズリー、ワシントンタイムズ社長は「発行部数は4万4000部。 オピニオン ページをアメリカ新聞では稀な4面毎日製作する。 オピニオン ページは世論に影響力を行使する私たちの新聞の背骨として重要だ」と話した。 編集局記者が80人なのに論説委員が10人もいる。   つづく

訳Harikawa

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