アデュー「城南一和」…25年の歴史に幕


[ 日刊スポーツ ] 入力2013.11.24 15:56 修正2013.11.24 19:49

アデュー「城南一和」…25年の歴史、その閉鎖は憂鬱だった

 

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観衆2156人。大邱(テグ)FCと0-0で0-0の引き分け。

2013年11月23日、京畿道城南炭川総合運動場で城南一和の最後のホームゲーム大邱戦が開かれた。韓国プロサッカーの栄辱の25年の歴史を送った城南一和サッカーチームは、最後のホームゲームでは上記のような公式記録を残した。

一和サッカーチーム創立メンバーの出身であるアン·イクス城南監督は「今日に限って、落ち葉がたくさん落ちる。昨日は有毒で眠れなかったよ。チーム状況がすべて緩まなくて涙さえ出ない。涙ではなく、心配が先立つ」と苦く笑った。

1989年一和天馬元年メンバーで選手生活を始めたアン監督は2013年に城南一和監督に赴任した。一和サッカーチームの最初と最後を一緒にしたアン監督は身軽にチームを手放すことができなかった。市民球団の城南FC(仮称)の再結成が順調に行われていないからだ。

一和サッカーチームは、過去25年の間にKリーグ7回の優勝、アジアチャンピオンズリーグ2回優勝など各種大会で18回の優勝を達成した。 Kリーグ最多優勝記録である。

しかし、一和サッカーチームは、親会社が統一教会傘下の統一グループという理由で、89年に創立するまでに3年以上の時間がかかった。ゆかり移転も二度した。 1996年にソウルで天安に、1999年には再び競技城南に移した。城南に移行するときに、いくつかのプロテスタント団体の激しい反発にぶつかった。そのせいか一和サッカーチームは城南から3年連続リーグ戦制覇を遂げ、2010年にはアジアチャンピオンズリーグ優勝まで成し遂げた観客動員力は最下位圏を脱することができなかった。最終的には2012年8月、故ムン·ソンミョン統一教総裁をこの世を浮かび上がり一和サッカーチームは、整理手順を踏んだ。

市民球団の再結成の過程は順調ではない。城南市の議会は21日、文化福祉委員会の会議で、市民プロサッカーチームをサポートする条例案を審査保留させた。一部の議員が年間150億ウォンの費用がかかる市民球団創立を決定するのが問題があると主張した。 25日に予定され3回本会議までに市民サッカーチームをサポートする条例案を想定しない場合は、買収や発足手続きに支障が生じる。最悪の場合、城南FCが創立されない場合もある。

一和サッカーチームの最後のホームスタジアムの風景は寂しくた。

城南サポーターは、23日の競技場、東·西門の前で「城南市民プロサッカーチーム支援条例制定を促しサッカーを愛し、市民の署名運動」を展開した。女子高生サポーターは、「他の地域でも構わない。署名一度だけお願いする」と訴えた。しかし、ほとんどの城南市民が無関心に通り過ぎた。

入場無料だったのに、観客は2156人にとどまった。景気は0-0で終わった。 2004年一和サッカーチームに入社したユジョンギュ広報チーム長は「優勝する時も泣かなかったのに、今日は涙が出る」と言った。

城南=パク·ソヨン記者psy0914@joongang.co.kr
写真=城南一和提供

Posted by on 2013年11月24日. Filed under スポーツ・文化, ニュース. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

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