<説教>罪の自覚と救いの道 


統一教会公式説教ブログに掲載されている記事を紹介します。

 

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1E383BBE6B19FE588A5E383BBE69CABE58E9FE88BB1E4BA8C-thumbnail2イエス様の十字架上において、右の強盗と左の強盗が一緒に十字架につけられました。その時、二人は正反対の態度を表明し、その結果、彼らは人類の二つの典型として、人々の心に残る存在となったのです。二人が出会ったのは、最も希望のない姿に見えるイエス様でした。信じたところで何の得にもならない、もうあとのないイエス様。二人が出会ったのは、そんなイエス様でした。

 その状況の中で、なぜ、一方の強盗はイエス様を罵倒し、他方はイエス様に希望を託するという違いが生じたのでしょうか? それは間違いなく、二人のそれまでの人生がそうさせたのです。

 左の強盗は言いました。「お前はキリスト(救い主)だそうじゃないか。ならば、俺たちを救ってみろ」。彼は、己の罪を認めていません。そしてイエス様の使命を曲解し、逆利用して要求に替える開き直った態度です。最も大切な救いの瞬間に、イエス様と出会えなかったのです。

 しかし、イエス様の右のもう一人の強盗は違い、こう言ってたしなめました。「お前は神を恐れないのか。私たちは自分のしたことの報いを受けているのだから、こうなったのは当然だ。だが、この方は何も悪いことをしたのではない」。

 この言葉から察することができるのは、彼が神を恐れる者であったこと、罪を悔い、報いを甘受しようとする姿勢を持っていたことです。だからこそ彼は、かくも絶望的な状況の中で、同じ境遇の男にさえ希望を託することができたのです。

 

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coded by nessus
Posted by on 2013年6月28日. Filed under できごと, コラム. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

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