文鮮明師を回想する  ブリッジポート大学名誉学長リチャード・ルーベンシュタイン


文鮮明師を回想する。

これはニュー・イングリッシュ・レビュー2012年10月号に掲載された記事を米国家庭連合がファミリーニュースに転載したものの抄訳です。 著者はブリッジポート大学名誉学長リチャード・ルーベンシュタイン博士。    

以下本文

私がこれまで出会った指導者の中で、文鮮明師ほど私にとって重要な意味をもつ人物はまずいないだろう。師に初めて会ったのは1976年の感謝祭休暇のときワシントンで開かれた’科学の統一のための国際会議’(ICUS)に招かれた時にさかのぼる。 当時私はエール大学の研究員であった。私がICUSに参加するという噂を聞いたある同僚は昼食に誘って、参加を取り消すようにせまった。私が「なぜか?」と聞くと、「文師の事を新聞で読んだことはないのか」と答えた。それに対して私はこう答えた。「いいかい、わたしはハーバード大学で訓練された宗教史の研究者だよ。その人物と教理については自分自身で評価も判断もできると思うがね。」

当時マスコミの文師と彼の運動に対する攻撃は、実際すさまじかった。「ほとんどの信者は『洗脳』されている」、などと派手に書きたてていた。その結果文師は不埒な人物である、というのが一般の見方になっていた。ふり返ってみた時、妻のベティーとふたりでこの新しい宗教運動を自分たち自身で見極めてやろうと決心したことは本当に良かったと思う。その見極めこそ私たち二人が教育訓練されてきたものなのだから。

長年、私は数多くの学術会議に参加してきたが、それらは決まって一つのテーマのもとに開催されてきた。しかしICUSは違っていた。 文師が並外れたカリスマを持った宗教的指導者だということは明らかだった。たとえばICUSの会議の開催中、私はしばしばノーベル賞受賞者を含むトップクラスの学者、科学者とともに文師主催の晩さん会に招かれたのだが、いかに著名な人の集まりであったとしても文師のカリスマと精神力は群を抜いていた。 私は信仰者ではなかったが、もちろん文師はそのことを理解していた。文師との絆はその後も長く続いた。

わたしは著書『アウシュビッツ後』(ジョンズ・ホプキンス大学出版)を出してから学会では「神は死んだ」と考えるユダヤ人神学者だとみなされてきた。実際私はホロコースト神学者であり、その根底にあるものはホロコーストと神の関係であった。

本当にありえない事のように思えるが、文師は私を信頼し、私も文師を信頼した。

宗教史の学者として文師の教理とその運動が並外れたものであるということは、文師の教義を信じる者でなくても理解できる。

(訳者注*ホロコースト(ドイツ語: holocaust、イディッシュ語: חורבן אייראפע‎、ヘブライ語: השואה‎)は、元来はユダヤ教の宗教用語である燔祭(獣を丸焼きにして神前に供える犠牲)を意味するギリシア語で、のち転じて火災による大虐殺、大破壊、全滅を意味するようになった。現在では、第二次世界大戦中のドイツがユダヤ人などに対して組織的に行った大量虐殺を指す。wikipedia)

訳・文責Harikawa

 

出典:Some Reflections on the Passing of the Rev. Sun Myung Moon
| October 04 2012

 




coded by nessus
Posted by on 2013年3月16日. Filed under コラム, トピックス, 統一運動. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

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