ニューヨークタイムズ紙へ公開質問状


これは米国統一教会が2012年9月7日、ニューヨークタイムズ社にあてて送った公開書簡からの翻訳抜粋です。
具体的にはお父様の聖和に関する記事に対する抗議文です。

ニューヨークタイムズ紙への公開質問状
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貴紙NYタイムズの2012年9月3日付Daniel J. Wakin記者のよる『文鮮明師、92歳、宗教運動を起こした自称メシア死亡』という記事に関してこの手紙を書いています。

われわれは文鮮明師に長年関わってきた宗教指導者として、当該記事の文師とその教団にたいする意図的な偏見と差別、ならびに事実誤認について深く憂慮するものです。この件に関して出来る限り早急にお会いして話の場をもつよう強く要求します。

はじめに、文中で『ムーニー』という偏狭で差別的用語を貴社の方針に背く形で使用しています。
貴社編集長ジーンロバート女史は当時の統一教会広報局長のピーターロスに対し書簡で『再度、あなたの教会に対して敬意に欠く名称を使用したことにお詫び申し上げます。ビルシュミットが先月電話でお話ししましたように『ムーニー』という呼称の使用は我社の方針にも反するものです。われわれは宗教に対して不当に差別的な呼称を使用しません。』と書き送っています。2002年版ニューヨークタイムズ・ガイドラインは『統一教会は文鮮明師によって創設された世界基督教神霊統一協会と適切に呼ぶべきであって軽蔑的なムーニーという呼称を用いてはならない。』としています。われわれは記者を正し記者への現行方針の徹底を要求します。

さらに記事の中の『ムーニーとあざけりをもって呼ばれる…』という言い回しも同様に悪意がこもったものであると言わざるを得ません。アフリカ系アメリカ人を『黒ン坊とあざけりをもって呼ばれる…』とはだれも言わないでしょう。

第二に記事にはなはだしい事実誤認があります。
Wakin記者が文師の関係者やニューヨークの教会広報に電話で確かめることもなく
記事を書いたことは理解に苦しみます。
去年3月マンハッタンセンターで行われた合同結婚式についてメディア対策担当者が貴社で個人的接触を取ろうとした時誰も会おうとしなかった事もありました。
どうして記者は教会広報に当たることなくあのような主観的記事を書くのでしょうか。
このことから見て不公平でバランスに欠く記者の態度もしくは貴社自身の態度に問題があると言わざるを得ません。

その事実誤認をいくつか見てみましょう。

はじめに記者はこう書いています。『教会の指導者は(ニクソン)大統領を守る作戦を立てた。統一教会は何千人と観衆を集めてヤンキ―スタジアム、マディソンスクウェアーガーデンやワシントン広場でニクソン支持集会を開いた。』
貴社のような主要紙が歴史的事実をかくも誤るとは悲しみに耐えません。

リチャードニクソンは1974年8月9日に大統領を辞任しました。
イエスとイエスの再臨に関する福音の集会であるマディソンスクウェア―ガーデン大会の1カ月前の話です。
そこでニクソン大統領の名前など一言も出ていません。
多くの資料の裏付けのあるヤンキースタディアムで開催されたGOD BLESS AMERICA大会そしてワシントン記念塔で行われた大会はそれぞれ1976年の6月と9月に開催されました。
その目的はアメリカの信仰を強め、世界でのアメリカの摂理的役割について紹介するものでした。(ここでもニクソン大統領の名は一度も出ていません。)

またもう一つの誤りはエマニュエル・ミリンゴ大司教が文師御夫妻から受けた祝福結婚を破棄したとするものです。
ミリンゴ大司教は教皇ヨハネ・パウロ二世の願いでバチカンに戻りましたが、それはカトリック司祭の結婚への道が開かれることを望んで彼とは親しい教皇のもとに一時帰ったのです。その間、大司教の結婚問題は宙に浮いたままでしたが、2006年に妻のもとに戻り、現在は幸せにザンビアで暮らしています。ミリンゴ大司教の『司祭は結婚した!』の運動は堅い基盤のうえでアメリカおよびアフリカに拡がっています。

またWakin記者は記事の中で「文師は1990年代にはアメリカに敵対的になった」と書いていますが文師は変わらずアメリカを信じ愛され、アメリカが神によって建てられた国であるという明確な信念を持っておられました。
師の数多くの公式スピーチのなかで神への自由な信仰を求めた建国の祖の魂、信仰、犠牲を讃えておられます。
また師はアメリカが神の聖なる保護のもと多くの困難を乗り切って来る事ができたのもアメリカの歴史の中で良心的な人々、兵士、アメリカの男性女性そしてキリスト教指導者の働きのゆえであると称賛されているのです。

アメリカが建国精神にそむく時は宗教指導者たちが立ちあがってきました。
マーティン・ルーサー・キング牧師を20世紀最高のアメリカ人だと文師がいわれる理由もそこにあります。
キング牧師はアメリカがすべての人種を尊重し平等に取り扱うことにたいして過ちを犯している事を堂々と指摘しました。
キング牧師はアメリカを愛するがゆえにそうしたのです。
同様に文師もアメリカを愛するがゆえにこの国が神の計画を知って、神のみ旨に従わなければならないと主張されたのです。
そして神の下での自由と平等、信仰と文化そしてIN GOD WE TRUST(われら神を信ず)を国是とするアメリカが成長し続けることを願われたのです。
師は決して「アメリカに敵対的になった」事などないのです。
師は常に、信徒に、韓半島で北朝鮮が韓国に侵攻してきた時アメリカがいかにその救済にあたったかを繰り返し話されました。
文師はアメリカへの愛と希望を述べられました。そしていつもアメリカの不足について神の許しを求めながら、信仰と民族・国家のあるべき姿の模範になるように「神の下のひとつの国」となるように、そのためこの国が神の光に導かれるようにと願われたのです。  
【抜粋】
訳Harikawa

A Open Letter to the New York Times




coded by nessus
Posted by on 2013年1月26日. Filed under トピックス, 社会. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

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