1972年の4日修錬会が残した軌跡


1972年の冬休み、当時まだ青年だった教会員のデビッド・ヒルさんはワシントンDCで行われた4日間の修錬会の初日に参加しました。彼が抱いていた希望や目指していたものは完全には果たされなかったものの、40年後のヒルさんや当時の参加者たちは、その時のことを忘れることのできない思い出だと感じています。

 

その時文鮮明師が直々に、情熱的に指導された100人が、翌年の統一教会の大きな発展につながる基台となりました。

 

草創期の教会員たちによって作られたニュースレター「ニューエイジフロンティア」には、ヒルさんが録音した1972年12月10日に文師が語られた、まだ出版されていない講演文が記載されています。

 

1972年12月30日のニューエイジフロンティアに張載された、テキサス州アップシャー郡の教会センターで文師が語られた説教から。

「愛と生命、どちらが先ですか?人は愛によって生まれ、愛の中で生き、愛の中で死ななければなりません。あなたがある人に全てを捧げたならば、その人はあなたのものです。今まで誰がそうしてきましたか?神様です。もし皆さまが、神様がそのような方だと知ったならば、神様のことを愛するほかありません。」

 

当時ニューエイジフロンティアの編集、寄稿、写真などを担当していたルイーズ・ストレートさんによると、1972年12月10日から15日まで、ワシントンDCで「先駆者修練会」が行われました。文師は毎朝語られ、よく歌われました。当時参加していたダン・フェッファーマンさんは「当時は皆でよく歌いました。」と言います。12月10日、文師はアップシャーで3時間語られました。

 

各州ごとに指導者が任命され、伝道チームが作られたのも、この修練会の中でした。フェッファーマンさんは「この時くらいから、運動としての統合性が持たれるようになりました」と話しました。

 

当時の教会員たちは社会を変えていくために決意していました。

「お父様に直接に指導されることは、とても理想的で楽しかったです。お父様に言われたことは何でもやりたいと思いました。どこにでも行って、誰とでも力を合わせる準備はできていました。」

 

それから40年後。当時まだ青年だった統一教会員たちの目指していたものはまだ完全に果たされてはいません。ヒルさんは「色んな意味で、私たちはまだ、40年前に出発した時と同じところに立っています」と語っています。しかし、ヒルさんやフェッファーマンさん、ストレートさんのような教会員たちは教会が急成長した当時の一員だったことに喜びを感じており、次の世代が、今まで築いてきた功績と基台をもとにさらに教会を発展させてほしいと願っています。

 

フェッファーマンさんがまだ青年だった頃、アメリカの中で大きな変革を目指していました。しかし、それはまだ果たされていません。「当時は皆学生だったか、外で仕事していて、教会に献金をしながら生活していました。しかし、OWCやIOWC(※1)ができた途端に、皆フルで活動することになりました。学生は学校を辞め、一般の社会で仕事をする人がいなくなりました。多くの教会員たちが祝福を受けて家庭を持ち始めると、教会はまわらなくなりました。その後は信徒たちも大勢で入って来なくなりました。理由は、日本の教育に基づいた教会の文化が一般の社会とは違った外部のものとなったからです。」

 

ストレートさんも、「私の目指すものが過剰だったのかもしれませんが、間違いが多かったのも事実です。一つは、アジアの教会のモデルが私たちに当てはめられたことです。大学や仕事など全てを辞めてしまうことは統一教会全体を社会から孤立させることとなり、我々も疑いの目で見られるようになりました。」と話しました。

 

フェッファーマンさんは「振り返ってみると、急成長しすぎたのかも知れません。あの頃はとにかく教会を大きくさせることに夢中でした。もちろん、良い目的のためです。いずれにせよ、当時は本当に楽しかったです。その時の一員であったことが嬉しいです。そして、次の世代のためにも重要な伝統を残せたのではないかと思います。世界を救えなかったとしても、新しい世界的宗教を築くために貢献できたということ以上に良い人生はありません。」と語っていました。

 

40年以上教会で活躍してきたデビッド・ヒルさんや他の統一教会員たちは、2012年12月9日にメリーランド州で行われた礼拝後に表彰されました。文師の講演文の全文は出版されてこの教会員たちに配られます。

 

 

※1)OWC(One World Crusade)は1972年から1974年にかけて学生を中心とする伝道活動のために作られた。IOWC(International One World Crusade)は海外宣教のために作られた。

 

原文: http://unificationnews.com/article/_hectic_four_day_training_in_washington__d_c_in_1972_left_its_imprint

訳者:美南

 

Posted by on 2012年12月21日. Filed under トピックス. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

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