文鮮明先生の釣りは「祈りの投入」


 『グラフ新天地』(2000年6月号)に掲載された神山威先生(日本統一教会第2代会長)による証しをご紹介します。 

◇   ◇   ◇

 

 文(鮮明)先生の釣りについて、一番印象に残っていることは、メキシコ湾において100マイル(約160km)ほど船で沖に出た時のことです。嵐が来ることが分かっているのに、その前日に出港しました。「お父様(文先生)、嵐が来るから今回は出れません」と申し上げても「(それでも)行くんだ」と言われます。

 

 それは魚を捕るのが目的ではなくて、「思いの投入、祈りの投入をする」ために海に行かれるのです。祈られる場所が海なのです。嵐の中で大変でしたけれど、そのような中でお父様は祈られました。お父様の釣りの目的は、もちろん魚を捕ることもありますが、そのような環境で祈られることです。

 

 また釣りをされる前に必ず条件を立てられます。それは何かというと、「今日は何の魚を何匹捕る」と目標を決められることです。そして、どんなことがあってもその目標を達成しようとされます。出発する時に「今日はこれだけやる」と神様に約束したことを果たされていくお父様の激しい性格、激しい歩みを、私はこの目で見てきました。神様と約束した目標を果たしていく生活をされ、その目標と結果が一致したとき、蕩減条件として天が覚えてくださいます。お父様にとって、条件を立てる場、祈りの場、投入の場、それが海であるということです。

 

 またお父様の釣りは、魚を一生懸命呼んでいるという感じがします。魚を追いかけるのではなくて、魚を引き付けるということです。あるとき、「神山、おまえは魚を追いかけていっている。先生はそうじゃないよ。魚を引き付けるんだ」と言われたことがあります。祈りながら、「魚よ来い。来い。来い」と引き付けているのです。私たちは釣れないとすぐに移動して魚を追いかけていきますが、お父様の釣りは魚を待っています。来なければ来るように念の力を入れて引っ張るのです。だからお父様はたくさん捕られます。「魚を引き付ける。じっとして待つ。時が来るのを待たなきゃいけない。君はそれを待てない。すぐに移動してすぐに追いかける。先生と違う」と言われます。 

(中略) 

 

 すべてを良くとらえて、より良く考えていかれるお父様。波に対してもそれを否定的にとらえるのではなく「良し」とされます。そういうお父様を発見しました。大自然とご自身を一つにさせていく姿。私たち凡人は波が立てばイヤだと思い、それに対して抵抗しますが、お父様は抵抗されるのではなく、なじんでいかれます

 

 また釣りに行ってみ言を語られる時もありますが、集中している時はだれも近づけません。常に何かを瞑想しておられるお父様です。お父様の釣りはこの世の人の釣りとは違います。釣りを通して自然と一つになっていかれ、未来を見つめておられます。 

(『グラフ新天地』2000年6月号より)

 

久保木修己・日本統一教会初代会長が文先生との釣りについて語られた説教映像 (1990年10月2日・24分)

Posted by on 2012年12月8日. Filed under トピックス, 真の家庭. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

4 Responses to 文鮮明先生の釣りは「祈りの投入」

  1. 神山先生の証を懐かしく読みました。 あの時の船は食口が初めて作った延縄はぐろ漁船で、その処女航海だったのです。ハリケーン接近で他の漁船はすべて港に帰ってきているのに 逆に嵐に向かって突き進んだのです。初めての航海でもあり 嵐の中で不具合でも起きたら大変と皆に不安と恐怖心が起こりました。しかし神山先生が「再臨のメシヤと一緒に死ねるのは本望じゃぁないか」と大声で祈られ 皆 スカッとして一心に嵐に突き進みました。すると不思議に一時間ほど経つと 風が弱まりました。ハリケーンが逸れたのです。ハリケーンが逃げたのです。それから最初の延縄まぐろ漁を行い 嵐のあとで大漁でした。

  2. 久保木会長のビデオですが、昨年の久保木修己初代会長の聖和13周年追慕礼拝で上映されたものですね。

    久保木会長を知る方々には懐かしく、知らない方々にも会長の一面をご覧いただくことが出来ます。

    統一教会公式サイトから:
    http://www.ucjp.org/?p=10831

  3. 影山実

    このときの神山会長の証で忘れてはならないことが後一つあります。神山会長も、元は船に酔いやすい方でしたが(桟橋の上でも酔っていた、ということです)、この時の航海では深刻なあまり酔うことも忘れたそうです。ハリケーンの直撃は免れたとはいえ、あたりが大しけであったことに変わりはありません。一度も酔われた事のないお父様ですら、カップラーメンをテーブルの上に吐かれた程の揺れだったそうです。この時の出来事ゆえに、お父様は神山会長に、海洋摂理を託すことができたのではないでしょうか。ちなみにこの船の名前は「First Hope I」といい、この後ニューヨークへ運ばれ数年前までニューヨーク沖でマグロのロングライン(延縄)に従事していました。ファーストホープ号がニューヨークに運ばれるにあたって、当時のオーシャンチャーチのキャプテン達が神山会長に連れられてイーストガーデンでお父様にお会いしました。その時お父様が、ファーストホープ号のキャプテンを日本人がやれないことに対して、大変残念がっておられたのが強く印象に残っています。私自身も何度か乗りましたが、激しく酔った記憶があります。現在はオレゴン州で、メンバーがコマーシャルフィッシングに活用しています。

  4. 名無しのリーク

    香川県ルーちゃん餃子のフジフーヅはバイトにパワハラの末指切断の大けがを負わせた犯罪企業

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