お金の物語 7/10


 

       第三部  近未来の展望と聖書

 

 

  1  近代貨幣システムの発祥

 

 この近代貨幣(金融)システムの発祥はヨーロッパで、その中心はシティと呼ばれているロンドンです。
そしてこのシステムを作り上げる時流にのった中心人物がいました。やはり両替商の家系に生まれ古銭商から身を起こしたマイアー・アムシェル・ロスチャイルド1744~1812年という人物です。以後ロスチャイルド家は各国で金融事業に成功し産業革命の時流に乗ってヨーロッパ中に銀行企業(国際金融資本)の網の目を広げて行く事になります。彼の父も銀行家でしたが11歳の時亡くなっています。

 

  彼はドイツのフランクフルトにあったゲットー(ユダヤ人強制居住区域)に住むユダヤ人でした。
後に彼はこう言っています

 「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い」(1790年)

 

 これは彼が偉かったというよりは、多分に摂理的事情があったようです。
摂理という言葉は聖書用語で「神の定め事」というような意味です、中東や欧米は正に聖書によって作り上げられた世界です。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は聖書をその教えの原点としており貨幣システムも、産業革命も、共産主義もその中で出来上がってきたわけですですから、聖書を理解しなくしては貨幣システムの全体もまた分かりません。

 

 日本も明治維新以後いわゆる、聖書文明の中に入ったのですから、簡単に聖書の言わんとするところを見ながら聖書の予言とともに新しい貨幣システムというものを観てみましょう

 

日本人には馴染みの薄い聖書ですが、聖書に出てくる神という概念もまた分かりづらいものです、むしろ神という言葉を、「宇宙意思」とか「宇宙生命」「第一根源者」といったような名称に置き換えたほうが私たちには理解しやすいのではないかと思われますので、神という言葉が出てきたらどうかそのように留意してみて下さい

 

 (早速) 神様はアダムとエバをご自分の子供として造りました。そしてエデンの園に「善悪知る木」を生えさせその実をとって食べてはならないと命じられましたが、ヘビ(ルーシェル天使長)の誘惑によりエバが食べアダムにも与えてしまったことが神の怒りに触れて二人はエデンの園を追い出されて、以後苦しみながら食べものを得なければならなくなりました。

 

   神様は堕落した二人の後孫を救うためにメシアを送る約束(旧約)をします。そしてこられたメシアがイエスキリストでした。
2000年前イエスは救いの摂理を完成できなかったので私はもう一度来ると新しい約束(新約)を残して十字架で処刑されました。
イエスが再び来るときのことを聖書では終末といいます。終末には戦争や大災害が多発し人々の心は廃れ拝金主義が謳歌する世界になるとあります。
そして終末が極まったときメシアがこられ子羊の婚宴、メシアの勝利によって人々の目からいっさいの涙が消え去りメシアが開く新しい世界、地上天国が始まる。とあります。

 

  神にいつも反逆する悪魔・サタンの名前は聖書には天使長ルーシェルであるとあります。

 20世紀は終末の時代でした、米ソの対立によって核戦争が世界を滅ぼしてしまうとか、世界は共産主義化されるとか、公害や環境汚染で世界は滅びるとか、石油エネルギーは2000年までに枯渇するとかいわれ続けました。

      メシア探しも行われました。また自称メシアを名乗る人物も随分現れては消えました。

 

  メシア騒動で現在まで残っている世界的に有名な人物はインドのサイババ師83歳と韓国の文鮮明師90歳の二人になってしまいました。(サイババ師は2011年4月24日没)

  新しい真理という観点から見てみますと、二人共「愛と奉仕」を教えの原点にしていることが分かります。
サイババ師は、神は唯お一人、宗教も一つ。文師も唯一神、宗教統一を言っていてよく似ています。

 

   それで、発表されている新しい真理の理論体系を見てみますと文師は「頭翼思想(統一思想)」を、また「原理講論」という聖書解説書も出しておられ、これが人々をして文師がメシアであるという大きな根拠になっております。

 

        人類史上最大の理論体系といわれた共産主義理論をも簡単に論破していました

 

  彼ら共産主義者達が世界中の大学で好んだ思想討論会もマルクシストの敗北によってすでに数十年前に決着していました。以後マルクスレーニン主義の劣勢を挽回することができなくなった彼らは、その攻撃の矛先を思想以外のところへと変え続けているようです。

 

 また、神 (創造主・宇宙意思・第一根源者)の心情や、聖書にある比喩や例え話の真意を、人類歴史の始まりと行く末、人間の心の発露、心が個性通りに完成する道、神と人間と宇宙の関係、神が造ったはずの天使ルーシェルが何故サタンになったのか、人間堕落の真意、天使や三位神 十字架による贖罪、再臨といった神学上も未解決だった問題を、誰にでも分かりやすく体系的に論理的に解かれています。実際、中高生ぐらいの理解力があれば簡単に理解できるようです。

 

この思想体系の根底に流れているものは横的には為に生きる愛であり、縦的には親なる神の真の愛です

  イエス自身が言われた再臨の時の言葉を意訳してみますと

   ・今は比喩や喩えで話すが、再臨するときは真理を誰にでも分かるように明からさまに話すだろう。
   ・私は雲に乗ってくる (この比喩の真意も原理講論に解かれている)
   ・その時地上に信仰が見られるだろうか? (再臨の時も初臨と同様に迫害される?)
   ・眠っていないで目を覚ましていなさい
   ・偽キリストが多く現れるが、その時再臨主も現れ最後に勝利する
   ・その時は迷わされてはいけない、幼子のように、真理と心霊で探し求めなさい

 

        文師がメシアであるかどうかは、師が持ってこられた思想が新しい文明を開くことの出来うる

  新しい真理であるかどうかを検証することが現在科学の時代に生きる私たちが取るべき態度

 と言えるでしょう。

 

 しかし、世の中では文師は激しく批判されています。

   これは、世の中にはいろんな立場の人や利害関係がありますから、とりあえず反対の立場をとっておいた方が無難であるとか、新しい教えや宗教と聞いただけで嫌悪感を抱いたりとか、宗教人はいじめや差別を受けても人格者だから怒ってはならんはずだ、試してやろう的な風に、結局自分の立場に都合の良いことを言うので次元の低い自己満足を求めた感情論に終止してしまい、直接文師の近くに居ることのない私たちにとっては、ほとんど役には立たない情報だといえます。 

 

  また差別感情や妬み恨みといった理性の未発達な内面を抑えられない感情もあります。ニュースを作ろうとするマスコミの影響も大きいです。
ですから、文師を見たこともなければ近くによって触れたこともない人達の話は、一度確かめてみる必要があるということです。

 

 むしろこれらのことは、新しい真理が現れたときの登竜門であるということが過去の義人聖人伝にもよく伺える話です。

  イエスも福音と呼ばれる新しい真理を発表しましたが、当時の為政者や有名人は、あんなガリラヤ出の男がメシアであるわけがない偽キリストに決まっている。 またイエスが悪霊を追い出しているのを見て、それはイエス自身が悪霊の頭なんだから、自分の部下である悪霊を追い出せるのだと言い、イエスを律法や法律を守らない秩序の破壊者であり淫行を行うものだとも言いました。

 

   イエスは最後にピラトの裁判に引き出されます、ちょうど過ぎ越しという祭りの時であり慣例として一人の罪人を許す習慣がありました。総督ピラトは群衆に向かってイエスを許すべきかバラバを許すべきかを問いかけます、群衆はバラバを許しイエスを磔にするよう要求します。
ピラトはイエスに罪がないことを知っていたので再び群衆に問いかけます。イエスを許すべきかバラバを許すべきか? しかし群衆はその罪が自分たちの子孫に降りかかってもいいから殺人犯バラバを許し、イエス・キリストを十字架に架けるよう叫びそのようになりました。

  今現在特にインターネットの世界でも、文師についてこの手の情報が蔓延しているようです。
イエスはユダヤ教を土台とした、いわゆる旧約聖書の完成者としてこられましたがそのユダヤ教から非難され迫害され十字架につけられました。文師もキリスト教からもっとも激しく非難されました。

 

  しかし、幼子のように既成概念を取り払って冷静にインターネットを探せば文師をメシアだと証す質の高い情報も最近は随分増えてきました。そして、新しい真理ではないかと言われている「原理講論」「統一思想」の内容もインターネットに出ています。

  実際、文師のまわりには世界的指導者や宗教家、科学者、ノーベル賞受賞者たち、求道者や多くの若者達が再びたくさん集まってきています。
文師は自分一人で新しい真理を探し出してこの道を出発たわけですが、もし新しい真理をただ言葉や文章で伝えるだけだったら、人々からこれほどの信頼を得ることはなかったでしょう、人生の逆境の中にあるときも常に自身が身を持って新しい真理を実践してきたからこそ何十万、何百万人という人々を感化することが出来たのではないでしょうか。

 

 

       たった一人で始めた運動が世界中に広がった

 

これはすごいことではないでしょうか、最初から大きな基盤を引き継いだわけではないのです

 

Posted by on 2012年2月14日. Filed under コラム. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

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