誰かを愛したくない時があります。


あなたの敵を愛しなさい。
あなたを憎む者に善を行いなさい。
あなたをのろう者を祝福しなさい。
あなたを侮辱する者のために祈りなさい。 
      (ルカ6:27-28)

誰かを愛したくない時があります。
その時には、私たちの心は鋭敏に、その人の非を挙げて、
批判や非難を始めるのです。

その正しさで、愛さないことへの反省や、
愛しようとしないおのれの冷たさを忘れ、
信仰と正義に立って、おのれの行動を正当化し、
自己を義とするのです。

キリスト者と教会に満ちる
冷たさとトラブルがこれです。

その時には、
愛や、やさしさや、暖かさを
お求めになる神様のみこころは、忘れられ
しりぞけられて、 私たちを支配するものは、
おのれのみこころであり、好悪の感情であり、
自己を正当化してやまない恐ろしい冷たさです。

その冷たさに、自分で
気づく人も、一人もいないのです。

                       霊想の糧三百六十五より

Posted by on 2011年12月10日. Filed under コラム. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response or trackback to this entry

Leave a Response

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*